☆愛辺マリアとお花好きな方を結ぶ花ブログです☆英国王立園芸協会 日本支部認定ハンギングバスケットマスター フラワーアレンジ講師  華道師範・風水師


by YHT01060
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フマユーン初代皇帝のバーブルの長男でした。母マハムはバーブルに愛された皇妃でした。

1530年にフマーユーン病に倒れたとき、父の皇帝バーブルはどうしたらよいかとお気に入りの相談役に相談すると、フマーユーンが助かるためには自分が持っている物の中で最も価値の高いものを捨てなければならないとアドバイスされました。

皇帝は自分こそが最も価値の高いものであるとして自ら息子の犠牲になろうと述べて祈りを唱え、フマーユーンの寝床の周りを3回歩いた。するとフマーユーンは病から回復し、バーブルが病に倒れて死去しました。このため、2代皇帝として跡を継ぎました。

その大切な息子フマーユーン(47歳没)がのちに眠るのがここです。


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1993年に世界遺産認定☆フマーユーン廟
フマユーンと一族・家臣が眠る建物です。

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ムガル帝国第2代皇帝フマーユーン <1508年~1556年>は、1540年(アフガン人)の将軍シェール・ハンに大敗して、インド北部の君主の座を奪われペルシアに亡命し、暮らしました。
後にペルシアの支援を受け、1555年アーグラとデリーを奪回して北インドの再征服に成功しました。しかし、翌1556年に事故死してしまいました。

フマーユーン死後の1565年、ペルシア出身の王妃で信仰厚いハージ・ベグムは、亡き夫のためにデリーのヤムナー川のほとりに壮麗な墓廟を建設することを命令しました。これがフマーユーン廟です。

伝えられるところによれば、ペルシア出身の建築家サイイド・ムハンマド・イブン・ミラーク・ギヤートゥッディーンとその父ミラーク・ギヤートゥッディーンの2人の建築家によって9年の歳月を経て完成されたそうです。

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「与える愛、それは自分でもぎ取るものだ!」
そんな声が聞こえてくるような気がする、廟の中です。
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父が死去したとき、フマーユーンは極めて不安定な地位にありました。フマーユーンよりインド南西の地を任されていた弟のカームラーンが自立して皇位を狙い、またその下の弟であるヒンダール、アスカリーらもフマーユーンに対して表面上は忠誠を誓いながらも皇位を狙っていたからです。

フマーユーンには戦才があり、チャンパニールの城砦を攻めたときなどは自ら城壁を梯子で登るほど勇敢だったとか。でも、手に入れた新領土の支配体制の確立を怠って自らの快楽に溺れたため、アフガン勢力が力を回復して侵攻してくると、南からも反勢力が一斉に蜂起するという事態を招きました。

フマーユーンは弟のヒンダールと共に兵を集めようとした。弟はフマーユーンと、好きだったハミーダが結婚してしまったので、それを恨んであまり協力はしませんでした。

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霊廟周囲の庭園は、ペルシア的な四分庭園で、10ヘクタール以上の広大な敷地からなります。
フマーユーン廟の庭園は、ペルシアの伝統が色濃く反映されています。


インドの王様の話には、大好きなお妃と大切な息子の話がよく出てきます。
どんなに自由に女性を手に入れることができても、お気に入りは1人、というのは人の不思議ですね。

戦いが上手くても、自分の遊びを優先すると治世はできない。
戦いが上手くなければ、王にさえなれない。
兄弟も敵…。すごい時代だったのですね。。。

(つづく)



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by YHT01060 | 2015-05-08 09:00 | 旅とお散歩
CROWNE PLAZA OKHLA(クラウン プラザ オクラ)
とても快適なホテルでした。
料理もしっかり作られていて、印象に残りました。
バイキング形式で、夕食と朝食を頂いてから出発です。


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(ホテルで咲いていたお花)
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ガイドのプリヤ・サンガムさんのお話
プリア=大好きな、という意味だそうです。サンガム=いいことが二つ重なるという意味で、川の合流点などを言います。恋人の意味も。
(すごく驚いたのですが、この他にファミリーネイムもあるけれど、インドではそれは名乗らないし、パスポートにも書かないのだそうです。)
インドの学校事情
学校ではヒンディー語と英語の両方を使います。
のら牛事情
ヒンズー教徒は、毎日牛乳を飲むので、牛をお母さんと思っています。だから、食べません。(牛ってのらでもおだやかに静かに暮らすんだなと驚きました。)
ネパールの地震
影響は無いものの、インドから洋服など物資を集めて送っているのだそうです。
結婚の事情
カーストや宗教が違うと結婚は親から反対されます。ただ、すごく頭のいい人だと、親に認めてもらえるのだとか。
結婚式は夜に行われることが、一般的。1000人の招待客が招かれるのがスタンダードな感じ。女性の招待客だけが、「お嫁さんはお金がかかるから」ということでお金を包みます。お酒は、お金持ちの家でしか出ません。朝までずっと食べて盛り上がるそうです。
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インドのルピー。500ルピーは1000円ぐらいの価値です。
現地の人の月給は、レンガ焼きのような大変な仕事ほど安く、10000円。通常の感じでは3~40000円だとか。
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世界遺産

クトゥブ・ミナールは、インドのデリーにある世界最高のレンガの塔です。

1200年ごろにクトゥブッディーン・アイバクによって、祈りの場所として建てられました。ヒンドゥー様式とイスラーム様式が混在した様式となっている。高さが72.5m、内部には378段の階段があり、以前は先端部まで上ることができました。


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(5月1日。カラッとした空気が救いです。30度を少し超えたくらいの気温でした。5、6月は、42度~45度まで上昇する季節。また、7月は雨の多い時期。)

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クトゥブ・ミナールはそのデザインが華麗で美しく、心に残るものです。祈りを捧げる場所として大切に補修されてきました。
始めは、王のお妃がヒンズー教の祈りを捧げる場所でした。その後、別の王が高く積み上げました。地震で壊れて再建もしています。
ヒンズー教の聖地を向いている、北門とイスラム教の聖地南を向く門があるのは、両方の宗教が守り。作りあげてきたため。
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デリーの鉄柱は世界遺産クトゥブ・ミナール内にある錆びない鉄柱のこと。
99.72%という高純度で作られ、紀元415年に建てられたといわれます。
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ニム=NEEMと呼ばれる木…皮膚病に使われるそうです
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ガネーシャ=商売や新しいスタートに効くと言われる神様。祈りの時は、お花とお線香を一緒にあげて。
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ガネーシャって頼りになる神様なんですね!
お顔はゾウですね(^_-)-☆

(つづく)

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by YHT01060 | 2015-05-07 14:06 | 旅とお散歩
「インドには行かなければよかった」「貧しくて気の毒で」

そんな感想を聞いていたのですが、昔見たガンジーの映画が印象的だったし、それに、人口の多い国は発展も期待できるので、未来予測を兼ねてインドに旅してみました。

行く前には、ネパールであった大きな地震の影響を周囲が心配してくれたのですが、全く離れているし、影響はありませんでした。
どんな時も現地を見ないと分からない、と実感しました。

4/30 東京(成田)発 11:00 JL749 便

飛行機を待つ間、ファーストのラウンジで、お寿司とシャンパンをいただいて、「日本食とはしばらくお別れね…。」と少しさびしい気持ちに。無料で職人さんが握ってくれるのが人気で、外国人の方にも好評です。
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4/30 デリー(INDIRA GANDHINTL) 17:35着
10時間近くかかったでしょうか。時差は3時間半です。日本なら21:05。
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日本の8月みたいな暑さでした。
5、6月が一番暑い時期なんだとか。行ってから気が付くとは(笑)
良い子のみなさんは、ベストシーズンにお出かけになってね!
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(のら牛。お家はありません。道に落ちているものを食べてのんびりしています。道路の真ん中におだやかに住んでいます。)
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空港から、ホテルに向かう車の中の景色だけで、インドがどんなところか、感じることができました。

のら牛が広い車の走る道を歩いているのです。
建物は、しっかり作られていないのか、どれもこれも崩れそうでした。人は駅のラッシュアワーみたいに、どこに行っても、すごくすごく沢山います。

「ファー(@_@;)」というのが第一印象でした…。

(つづく)


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by YHT01060 | 2015-05-07 12:34 | 旅とお散歩